インナーヒルズの愉快で心がはずむ旅行記

写真と動画による旅行先での非日常的体験の記録

ろくや様

 八丈島に旅行に行く数か月前にテレビのBSチャンネルで八丈島に「六夜様(ろくやさま)」という風習が残っていることを知りました。

 正確には「二十六夜待ち」という風習で旧暦の7月26日の未明に東の空に昇ってくる逆三ケ月の月の出を迎えるというお祭りで、「六夜様」の日はお酒を飲んで盛り上がります。番組では地元の住民が公民館のようなところに集まって宵の口から飲めや歌えの大騒ぎをしていました。

 大騒ぎをした後深夜になって、いよいよ月の出の時間になると東の海を臨める場所まで移動して月の出を待ちます。昇ってくる月の形を船に見立てて宝船に見えたり、船の上に阿弥陀三尊が乗っているように見えれば大変ありがたいとのことです。

 二十六夜待ちは昔は日本各地で行われていて、特に江戸時代には東京の高輪や品川あたりでは毎年多くの人が集まって盛大に行われていたそうです。

 当時の高輪や品川は海沿いにあって東側に東京湾が広がっていたとの事ですが、今では海が埋め立てられて高いビルが立ち並んでいるので当時の面影は全くありません。そのような「二十六夜待ち」は今では八丈島だけでしか行われなくなったそうです。

 番組では残念ながら朝方東の空が曇っていて月の出を見る事はできませんでした。八丈島のツアーの中でこの「六夜様」の紹介はなかったのでツアーバスの運転手に知っているかを聞いてみました。

 この運転手は巨人の槇原投手似で本人も「甲子園でバックスクリーン三連発くらった巨人の槇原似の〇〇です。」と自己紹介していました。名前は忘れました。

 しかし、この運転手に聞いても「末吉地区あたりで残る風習なのかなあ。」と言う程度でどうやら八丈島では「六夜様」は誰でもが参加するようなポピュラーな風習ではないようです。

 バスではこの後島の東側に移動しました。断崖にある名古の展望台というところからは崖下に港が見える場所でした。八丈島には大きな港が西側と東側にあって普段は西側の港を使用しているが風が吹いて西側の港が使用できなくなった時は、この東側の港を使用するそうです。

 この名古の展望台からは東側に大きく海が広がっていました。「六夜様」の夜にはこのような場所から月の出を見るのだろうなあと思いながら青く広がる海を眺めていました。

f:id:Comtes_Lafon:20191230130031j:plain

 次回は八丈島特産の明日葉が入った「明日葉ビール」の話をします。